ブログ 始めました リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 10, 2021 日々の暮らしで感じた些細なこと、旅先での記憶に残った風景、心の琴線に触れた言葉、好奇心を刺激された物事。そんなことを、勝手気ままに落書きしたいと思います。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
大和心を人問はば・・ 11月 13, 2021 古事記の研究で知られる、江戸時代の国学者、本居宣長の詠んだ和歌が気に入ってます。 「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂う山桜花」 分かりやすく意訳すれば、こうなるようです。 日本人の根底にある美意識は何かと問われれば、 朝日に映える桜を前に、ただ美しい、と感じる心だ。 この和歌が好きなのは、宣長の感性の豊かさと表現の適切さを感じるからです。当代一の知識人が、古来からの日本人の根底にある美意識を和歌に託して理路整然と語る。 かっこいいな〜なんて、無いものねだりの憧れですが。 江戸時代、武家の学ぶ官学は朱子学(儒教)でした。著名人では林羅山や新井白石の名が上がります。 天地に上下の区分があるように、人の身分にも上下が定められている。私利私欲を抑え、常に敬の心にもち、身分秩序に合った生き方を心がける、そう説く朱子学は、幕藩体制を維持するのに好都合だったようです。 本居宣長は、仏教や儒教などの外来思想の影響のがない、古代の人々の心を知ることで、日本固有の精神を明らかにしました。 万葉集などにみえる、素朴でおおらかな精神、人の自然な感情の動きを大切にして、もののあわれ、を文芸の本質として捉えたとされます。 日本文化の本来の良さを知った上で、外国文化に接することが大事、そんな感性を大切にしたいと思います。 ただ、戦前の軍部が、この歌を曲解して国粋主義のプロパガンダに利用したため、敷島、大和、山桜花などの美しい言葉が、軍国主義のイメージを引きずるようになった事は残念でなりません。 大陸から適度に離れ、異民族に蹂躙されることなく独自の美意識を育んできた島国には、豊かな自然と四季の移ろいを愛でる穏やかで勤勉な国民が住まう。 様々な要素が組み合わさって、いまの日本があると思います。 この国に生まれた事、それだけで十分に幸せなのかも知れません。 続きを読む
神仏習合 1月 25, 2021 江戸末期まで、日本各地にあった神社と寺は一体でした。人々は、鳥居をくぐってかしわ手を打ち、南無阿弥陀仏と唱えることに、何の違和感も持たなかったようです。これが、いわゆる神仏習合です。 明治政府の神仏分離政策により、千年以上にわたって一体だった神社と寺が分離されました。いまの私達は、お寺に鳥居があることに違和感を感じますが、それは神仏習合の名残りなのです。 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などは唯一絶対神を崇める宗教で、世界中に信仰を広める過程で、その地にあったはずの地場神を根絶やしにしてきました。なんとも無慈悲な宗教です。 しかし仏教は、多神教で融和性の高い宗教のため、地場神を取り入れて東アジア一帯に広まりました。四天王と呼ばれる神々も、阿修羅など八部衆と呼ばれる神々も、みなインドの地場神が仏教に帰依した姿とされています。 なかでも、アジア辺境の日本神道との相性は抜群に良かったようです。仲睦まじい夫婦のように、お互いを補完し合って共存してきました。これが日本における神仏習合です。 神道は仏教以上に多神教でした。元来は自然神への信仰なので、その場所毎に神が宿り、その神を祀るのが神社だったので、神社の数だけ神がいるといっても過言ではありません。有名な神社であっても、参詣者が祀られている神々を知らないのは当然なのです。 ただし、その後、大和朝廷が全国を席巻したために、彼らの祖先である天照系の神々が、どの神社の祭神にも名を連ねるようになってはいますが。 神道には、偶像や道徳律、教義や学問がありません。祭祀を司る神職はいますが、神の教えを説く司祭など指導者や学者はいません。万物自然を神とするため、神殿すらいらないのが本来の姿だと思います。 医学・薬学・文学・論理学などの技術を伴って伝来した仏教は、文明的にも学術的にも高度に洗練された宗教であり、日本に伝来して以降、日本神道の弱点を補ってきたようです。 例えば、祝い事は神事ですが、穢れを忌み嫌う神道の扱わない分野、例えば葬式などを担ってきたのは仏教でした。仏教は、霊魂を概念化して来世を予見し、悲しむ遺族の心を安らかに導いたのです。 また、伊勢神宮などの式年遷宮する神社を除き、日本に数多ある神社の本殿も拝殿も、ほぼ全ての建物は仏教建築そのものです。 御朱印が流行っています。神社や寺に参拝した証として押印されるもので、本来は純粋な宗... 続きを読む
いまこそimagineを歌いたい 5月 13, 2022 先日、歌手 MISIA さんが、ウクライナ情勢を憂いて、 50 年前のフォークソング 「花はどこへ行った」をリメイクして歌うテレビ番組を見ました。 花はどこへ行った 少女にすべて摘み取られた 少女は、無邪気な世界の人たちの象徴 平和は、ただそこに咲いているものではなく 大切に育てていかなくてはいけないもの 番組のメッセージが心に響きました。 ウクライナ情勢を前にして、私たちは何をするべきなのか、考えることが良くあります。 いまの私の答えは、 ウクライナで起こっている現実から目を逸らさないこと。 そして、ジョン・レノンの「 imagine 」を皆で歌うこと。 周りの人はみな笑い飛ばします。 所詮、世界は大国の思惑で動く。 それは、ロシアもアメリカも同じ。 金網デスマッチで、大国に一方的に叩かれる小国を目にして、 ただ、負けるな!ガンバレ! と、金網の外から武器を渡し続ける、もう一つの大国は、戦いを止めようとしているのではなく、小国が負ないようにしているだけ。 そのうち、大国が体力消耗するのを期待して。 所詮は、自分の身は自分で守るしかない。 だから、自分たちが、強くならないといけない。 私の周りは皆そう言います。 周りの人だけでなく、 世界の人々にそう思わせたことが、 プーチンの最大の罪だと思います。 ヒットラーやムッソリーニや日本軍閥は、これからも現れるのです。 私たちのなかに潜む、猜疑心や恐怖心がそうさせるのです。 だからこそ、いま imagine を皆で歌いたい。 発表から 50 年を経ても、今なおこの曲が色褪せないのは、その間、人が何も進歩していない証なのかも知れません。 続きを読む
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